metanoiaxの日記

クリスチャンの立場からクリスチャンへの疑問や、やるせなさを綴っています

傲慢なクリスチャンの成れの果て

その姿を見て眉をひそめるくらいなら
病者訪問などしないほうがよい。


その言葉を聞いて眉をひそめるくらいなら
高齢者の訪問などしないほうがよい。



あなたは何をしにそこへ行ったのだ?




病ゆえに、罵詈雑言を吐き、悪口を言う高齢者の姿は美しく、いとおしい。


目の前の病の高齢者は、美しい私の鏡。


その美しい鏡は、私の心を映し出す。


私の知らない私が見ていない「私」を映し出す。


実は人の尊厳を踏みにじっていた私の心を映し出す
実は自分の思い通りに事を運びたがる私の心を映し出す。


私の知らない私を映し出してくれる美しい鏡。


病の高齢者の罵詈雑言は私の姿。


美しい鏡は全てを映し出す。






病の高齢者を前に、あなたはあなたのその気持ちを、そのまま言うがいい。

美しい鏡は、あなたのその気持ちを、そのまま映し出してあなたに罵詈雑言を浴びせるだろう。

それが、あなたの姿である。



病の高齢者の家族を前に、あなたはあなたのその気持ちを、そのまま言うがいい。


病の高齢者の家族は、笑いながら、あなたの傲慢さを許し、相手にしないであろう。

ただ、2度とここには来て欲しくはないとだけ思うであろう。




あなたは、あの時代の、あの方の終りの時の
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫ぶその姿を見て、眉をひそめていたのだろう。


白く塗った壁達の「言葉」を賞賛し、
大声で叫ぶその「言葉」に眉をひそめたのであろう。



自分で塗った白い塗料にも気付かないまま、病の高齢者の言葉に眉をひそめるがよい。


病の高齢者と、その家族に隠せても、あなたの思いは、神には隠せない。




病の高齢者と、その家族の前に、打ち砕かれるがよい。
その傲慢さを、打ち砕かれるがよい。




死を迎える間際迄、打ち砕かれる事がなかった
その姿。

病の高齢者の言葉に眉をひそめる、その姿。

白く塗った壁のままの姿。



傲慢なクリスチャンの成れの果て。




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